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22 November

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11 November

009 Re:CYBORGを見たよ!

まずは、自分のツイート引用。

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[009:Re]誰もが思う)ジェットさんの深刻な鼻不足


posted at 13:40:09


[009:Re]見ました。とても美しい作品でした。タイバニの時に散々あの素敵な実写プロモ見たんですけど、それが本編冒頭の伏線になっててワーオ!あれ?立ち去る高校生、ジョーじゃね?その視点犯人視点じゃね?正義の味方?あれ?って奴。


posted at 13:43:32


[009:Re]グレートさんとジェロニモさんの活躍どころも深刻な(ry)あんだけふっといて結局仕事におりあいが(ry)ジェロニモさんは居ないと困るけど華じゃないところ配置。くっ…!でも信仰の部分の話とイワン君だっこ係は美味しいです。001イケメンですね。原作でもそうなのかな?


posted at 13:47:42


[009:Re]ジェットさんは靴が一体型だから足下のお洒落ができない。原作も本作も00ナンバーイチ伊達男臭い見た目なのに、お洒落と縁遠い鋼の肉体。靴脱げないよね?そのままベッドインだよね?そうするとシーツ敷けないよね?サイボーグの不遇を一番受けてる男だと思う。


posted at 13:53:25


[009:Re]原作はよく知らないんですが、002と004が好きです。喩え不効率不条理四次元式愛されボディだとしても、体がぱかっと開いて中から機械が見えちゃうロマンは鉄板。


posted at 13:56:40


[009:Re]そんな機械系サイボーグ派の愛を飛び越えちゃう、最強の00ナンバー島村ジョーの超スペックと、それを遺憾なく演出している本作は、それもあって、美しいなぁ、という感想になっちゃうわけです。


posted at 13:59:05


[009:Re]オチについては、概ね私好みなのですが、あの長台詞の後のジョーの背中が見事すぎて、その感動の後のあのオチで、私の中に起こった心理変遷については、内部で賛否両論起こってるので、ブログに纏めよう。今すぐ纏めよう。


posted at 14:03:50


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 私は、サイボーグ009平成アニメがやってた頃にはもうテレビをなかなか見なくなっていたので、009は、各キャラクターの外見とナンバリングと大雑把な能力を、オタクの嗜み的一般常識として知っているレベルでしか無かったので、映画が製作されているというのを知ったのは、タイバニBeginingの時の素敵プロモが切欠だったので、あのプロモは素晴らしい仕事をしていたと言えましょう。


 内容は結構難しいです。正義とか宗教とかに言及してる。でも 「 0 0 9 最 強 」で、オールオッケーでもあります。

 ジョーの加速装置の演出がとにかく格好いい。ずるい!
 冒頭の雨とか、何で降ってるんだろう?って思ったけど、あの、ひっくりかえってパシャパシャ鳴ることで起こる緊迫感とか漫画じゃ難しい表現ですよずるい!水滴ずるい!

 あと、フランソワーズがエロい。あれ、凄くいい仕事してると思う。
 (思えばあの機内のラブシーンは、一種のフラグ(ぶち折るほうの)だった気がしなくも無い。くそっやられた!)


 BD出たらたぶん買うよー。
 もう一回見たいなー。

 続きは、エンディング寸前あたりのバレから繋がる、今回の自分の中の「正義をどうオトすか」という話。


***
 核ミサイル一個打ちもらし(「きりしま」に任せないからそういうことになるんだ…!)→ジョー出陣までは読めてたけど、そこでジェットさん来てガシィ!は読めなかったよ!うおおお!(多分私が原作読んでないからだろうけど…

 ステルス機上の二人のやりとりから→フランソワーズのフォローをジェットさん通信で聞くかーらーのー、この展開は熱い!

 そしてその後の、ジェットー!!まではお約束なんだがもう、その時のジョーの悲しい顔が可愛くってキュンときますね。

 その後の、ジョーの失意の長台詞の長さはどうかと思うんですけど、この構成じゃその台詞の中身を絵で見せるわけにも行かないしね。

 しかし、地球越しに姿を現した原始の「彼」の姿に向かってその名を叫び爆発するシーンは、本当、こう、「自分は何やってんだろう?」と、自分の正義について考え直さなければならないと強く訴えてくる素晴らしいものだったと思います。

 私も何かしなきゃ、と。

 でもさぁ、ここでジョーが死んだら悲しいよね?
 ってわけで、エンターテイメントらしい美しい大団円に続いて、よかったなー!となった訳です。


 が。



 気付きました。

 正義の体言者が無事だった姿を見たことで、先ほどジョーの爆発シーンで私の内部で、ぐぐっと身に迫ってきた正義の問題提起が、他人事距離になっていたのです。


 わーあー。



 私は頭を抱えました。


 ここ最近、ワイルドタイガーとかスパイダーマンとか衛宮切嗣とかで、うんうん正義について悩んでいたんですけど、ここにきて、この島村ジョーはガチもん鉄壁の正義のヒーローだと私は確信しました。

 だって、あの背中に続かなくちゃ、と、喩え私一人であろうとも、見ている人間にそう思わせてしまったのですから。

 そういう、正義の体験からの正義の継承というプロセスが発生した本作は、しかして、島村ジョーの生還エンドで、私内部で正義の継承効果が減じてしまったわけです。


 どうしてそうなっだか、という精神分析に関しては、安心感とか、存命だった正義の味方を見ることで正義の継承の必要性が薄れたことを見ての、責任からの回避反応とか、色々考えられるんですが、まぁ、ともかくとして、折角の「正義の継承」は、こうしてほぼ起こらなかったのではないかなーと思うわけです。


 じゃあ、駄目だったの?って訳でなく、エンターテイメントとしても、故石ノ森先生のお子さんたちを預かって作品を作っていた、という立場としても、あれが最適解だと思います。



 正直言えばですねー、あの爆発の後、流れ星になっても、私これは流石に最強の00ナンバー島村ジョーもオワタな、と思ったんですよ。

 そう思わせる構成がすばらしくて、まず、作中で核を事前にぶち落として、その威力をきちんと表現してるんです。
 ここの表現細かくて、感動したなー。
 ちょっと、さっと調べられなかったんですけど、確か核は着弾すると、まず、ん千度という熱波が、爆発の衝撃波に先行して、爆心地周囲を超超高速で舐める訳です。きちんと、その灼熱の風がビル街や人々を焼いていって、ジョーがそこから全力で逃げる様を事前に描いてる。

 まぁ、なんというか…。
 生身で宇宙に出られる時点で、00ナンバーには放射線とか関係ないみたいですけど…。

 ……あれ?ってとこは、衝撃波になんぼかぶっ飛ばされて気絶だけですんでたんだから、やっぱりジョーさんは核じゃ死なないんです?

 これ書いてて気づいてしまいましたテヘー!



 まぁ、つまり、先にその核のすごい威力から全力で逃げるジョーを見せることで、ラストのあの爆発シーンで、「おお、さいぼーぐぜろぜろないんよ、しんでしまうとは なさけない」な雰囲気が出ていたと思います。

 で、そこで「いやぁ、見事な死に様だけど、石ノ森先生のお子さんを殺すのは石ノ森先生に対してあまりにも不遜じゃね?流石になくね?生きてるよね?」と、反射的に思ってしまったわけですわはー!




 で、ですね。

 物語として、正義の継承を行うべきなのか?というのも、また課題点なのですよ。
 作中でジョーも言ってますが、「彼」の声の受け取り方は、立場や今までの生き方で、全然ちがってくる訳なんです。

 例えば、ジェットさんが、ペンタゴンかな?に戻ったとき、NSAが00ナンバーを嵌めたことを知った後、彼の声を聞いた流れですが、あれは、二つの正義がガチンコしてしまった結果なのかなーって思います。

 ジェットさんの悪いところは、NSAに所属したのに、超法規的正義の存在である00ナンバーの心はそのままだったってことなんです。00ナンバー的同志的にはそうあるのが正義なんですが、NSAはアメリカが正義なので、アメリカの国際的威信の危機は、世界の危機に等しく、つまり正義が脅かされている状態な訳です。なので、正義のために、自分の部下もろとも自国でない存在を切るのは、正義の行いなんです。
 けれども、00ナンバーの心を持ったジェットさんは、「国のために殉ずる事致し方なし…」とは思わない。
 しかもねー、ジェットさんは、この事前に、ジョーに「世界の正義はUSAだ!」的なことを言ってる訳ですよ。それなのに、これは手酷い裏切り。「正義のために動いている俺を悪に仕立てようとするとは、母国はこんなことになっていたのか!」と、カーッと、突き動かされちゃっても仕方ないね★


 つまり、正義っていうのは、どこかしらで、ぶつかり合う定めなんですよね。


 しかし色々忘れて、自分の凶行シーンを見て「これは…」とか他人事言ってるのは解せん。やったことは責任取れ(←
 まぁ、もしかしたら、ジェットさんにもサイボーグ的「色々まずいことを忘れる機構」があったのかもしれません。オーバーヒートして一時メモリーがぶっ飛んだのかもしれません。この辺は想像の域を超えられませんねー。



 そんな、ぶつかり合う定めの正義に、「継承」なんてして、火を点けていいのか?と。



 ただまぁ、今作の良いところは、「自分が正義と信じることを行うことに勇気を持つこと」という、武士道でいうところの「勇」を説きつつも、「人の正義はそれぞれで、時にそれが不義に至ってしまうこともあること」を同時に表現してます。

 正義の味方の敵は、行き過ぎた正義なんだよ、と。



 あー、だからかなー?
 私が「るろ剣」の人誅編嫌いなの。過去話とか剣心が折れて剣心組がバラバラになるところとかは全然好きなんですけど、とにかく、敵役の縁と他五人が好きになれないっつか思い入れ浅い。正義がないんですよねー。和月先生もそのような積りで描いていらっしゃるそうなので、それを嫌うのは私の趣味の問題ですね。

 「敵役が実はいいやつパターン」をSageる人もいますし、私も安直に、「じつはいい奴」なのはあんまり好きじゃありません。でも、私は、最後まで悪の花を散らした敵や、暴徒となった敵の中に、正義的な矜持や弱さがある方が好きです。
 (実はいいやつ表現は、描くべきかどうかは、作品によりますし、描くべきじゃないところで、それを描くのは、作者のわが子可愛さ、という甘えがあるんじゃないかな?そういう雰囲気がSageになるんじゃないでしょうか?)


 正義というアプローチに対して、人生の成長の段階で色々ポイントがあると思うんですよ。

 まずは、「勇」を知る、ということですね。
 義を見てせざるは勇なきなり。勇の無い義は無力です。義なんてみんな持ってる。
 この辺は、小学生くらいがターゲットかな?

 そして、当たり前に持ってる「義」が、本当に「正義」か考える。
 という、哲学的アプローチですね。
 ちなみに、この辺は、世にある物語の多くがそういう要素を持っているのもだと思います。
 つまり、どうやって生きるか、ってことに直結してる、…というのは、私の個人的感覚でしょうか?

 なーのーでー

 正義の内容の是非なんて、どんな生き方してても問えるので、正義の味方で敢えて描くべきは「勇」の方なんだ、という、長年疑問だった物語骨子のひとつが今ここで解けて、一人で勝手に「なるほどなー」しました。



 自分の信じた正義を成すことに臆病にならずに
 でも、その正義の行動が、どんなことを起こすかは、考えて、悩むべきなんだ。

 できれば、事前に解ればいいけど、そうじゃないから争いは絶えないんだね。
 問題は、やってしまった後、意固地にならずに素直になれるかどうかだと思いますね。

 と、ここまで書くと009から外れまくっちゃうんで、この辺にしておきます。





 そっかー、冒頭の「おかあさん」もフランソワーズの優しさなんだろうなー。


 あと、ミスリードによる小さな裏切りによる面白さっていうのは大事だけど、「なんやねん」「なんでやねん」の放置はどんな類なら許されるか、みたいなうんぬんかんぬん。

 つまり、天使っぽい少女はなんやねん。

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